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山中廃徊記

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2016年06月

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皆様よく御存じの多賀町は屏風集落。今でこそ頼りない車道があるもののこれはいかにも冗長。昔は屏風岩を回り込んで直接芹谷に下る道があったということで、その現状を調査すべく梅雨の合間に行ってきました。再び②の地図をご覧ください。
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地図右寄り下の芹谷沿いに芹谷分校跡があります。今は砂利置場になってますね。
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地形図ではこの分校跡の手前、道が大きくカーブするb地点から沢沿いにまっすぐ上がる道が描かれています。しかしこの道は取りつきがこんな感じ
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真ん中のトラロープに頼ってこの岸壁を真上に登らなければなりません。とてもかつての生活道路とは思えません。ここはあとで調べるとして、ここから少し東のフェンスの切れ目、コッテジさんに教えていただいた道(らしきもの)を利用します。赤色の道です。ここが地図中のa地点。
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よほど崩れやすいのか、大型砂袋で補強してありますね。しばらくフェンス沿いに歩きます。草木が茂ってますが幅は広そうな道です。
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分かりにくいけど、登りになります。古い写真ではこのあたりに小屋があったようですが…
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少し登って振り返ったところ。もはやここに道があるなんてわかりませんね。
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もう少し歩くと、道が見えてきました。
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その先は崩れやすい砂と石の混じった道で、しかも外側に傾斜しています。雨が降ったら厄介そうな道ですね。
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振り返って見た道。道らしくなってきました。
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この先の、切り返してさらに登りに転じる地点。苔むした巨岩が目印になります。
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切り返し地点です
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ここからははっきりした良い道が残ってました。
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なんだか手振れが激しいですが…
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かつては屏風へ電力を供給していたであろう木製の電柱なんかもあります
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電柱を過ぎれば、ますます道が明瞭になってきました
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そしてなぜか八木アンテナが…少しずつ生活の匂いがしてきました
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というところで次回へつづく

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今日は朝から晴れでした。午後から雨の予報でしたが、まあ梅雨時ですからね。
ということで以前、こちらでコッテジさんに教えていただいた、屏風集落への旧道とその奥の林道を探索してきました。
まずはお約束の地図から…
①最初は全体図です
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旧道は、車道ができるまで長い間生活の道であり、子供たちにとっては芹谷分校への通学路であったといわれています。前回屏風を訪れたのは、イワス〜後谷〜屏風〜甲頭倉を周った時でした。そのころ、まだ芹谷分校の廃墟が残っており中を見て回った記憶があります。分校が解体撤去されたのが2004年ということなので、あれからもう12年以上たっています。
②次は屏風への旧道部分
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そして③集落から延びる、鎖で封鎖されて林道
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それぞれについてのレポは次回に続く<(_ _)>

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探索余話

雨神様の呪いでしょうか。
最近、休みの日が雨続きで探索に出かけられません。なのでこぼれ話を一つ。
「左 上平寺」の石碑を探索した折の話です。
このとき県道531の続きを探していたのですが、大清水林道から左(東)に入る道がその県道531であり、かつての北国脇往還なわけです。
例によって地図を見てみましょう。
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こんなところが道の入り口だとはわかりませんよねふつう。
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で、探しているとこんな道があるではないですか。地図中の緑の道です。
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こんな感じの少し荒れた林道のような…
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車の轍もあるし、これかなと思い歩いていくと
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こんなところに出て
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その先はこれ。どこが道やねん!
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戻って、林道を少し進むと、再びいい感じの道が…地図の赤色の道ですね。
スクーターで突入します。
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なかなかいい感じの道です
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だいぶ走ったころ、倒木がありさてどうするかと考えました。
普段なら、ここから先は歩きに変更するのですが、なぜかこのときは「乗り越えちゃれ」と思ったのです。それほど苦労せずに乗り越えられそうな、微妙な高さで道路を遮っていたのですね。
まず前輪を木に乗せ向こうへ押すと当然底が木に引っ掛かるので、後輪を持ち上げて…と思っていたら前日の雨で湿っていた倒木、バイクの底を乗せたまま樹皮がずるずると剥けはじめました。で、そのまま谷底へ…というほどの傾斜でもなく
1mばかり落ちて止まったわけです。
しかし緩いとはいえ傾斜地で木をまたいでシーソー状態のスクーターをどうやって救出したもんか。ま、とりあえず木に引っ掛かってこれ以上落ちそうもないので、あとで考えるとしてここからは歩きで進みます。
しばらくすると送電鉄塔のある広場につきました。
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ここから10分ほどで茶色い屋根が眼下に見え、車の走る音が聞こえてきました。
県道531の廃道部分踏破!!と思ったら出てきたのはここ
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なんかおかしいぞ…と思ったら左手にラブホ、正面の交差点には「大野木」の標識
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なんだっそ(ry
東に向かってるつもりが、いつのまにやら南へそして西へ、時計回りに半周して国365の大野木交差点に出てきましたとさ(-"-)
ここでたいそう落ち込んだのですが、木に引っ掛かってるバイクのことを考えると
さらに落ち込んだのでした。あんなとこ10日待っても誰も通らないだろうし…

というわけで、調査の裏には数々の失敗があるというお話でした。

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旧参道が無事に残っていることが確認できたので、本殿の参拝をと思いましたが現在修理中(雪で倒壊したらしい)で足場が組まれています。完成時にまた来ることにして今回はパス。10月の祭礼までに完成するのかな?
ついでなので比婆之山から高取城跡を回ってみることにしました。
駐車場から比婆之山への尾根は、以前は熊笹で覆い尽くされていましたが今回は全く笹がありません。霊仙山のように笹枯れが進行中なのでしょうか。見通しがいいのは結構なことなのですが。
比婆之山です。
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少し下るとこの分岐。左は高取方面、右前方へ行けばイワスです。
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こちらがイワスへの道
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ここは左へ曲がります。木間から霊仙が見えてます。
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道は…有るような無いようなですが尾根を外さなければ問題ないです。途中、左に急カーブする地点がありますが、派生する尾根が直進方向にあるので要注意です。
さて20分も歩けばもう城跡の端に達します。ここは堀切と思われる場所。
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その反対側。男鬼側です。
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そしてまたしばらくすると、写真では分かりにくいですが三重の堀切の地点。
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比婆之山から30分ほど、本丸というか主郭があったという広い平地につきました。尾根上にこんな広い場所があるのには驚きです
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ここから高取まではすぐです。
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以前あった高取城跡の説明板が見つけられませんでした。
このお城については、城主が川(河)原豊後守らしいということ以外、詳しいことは全く分かっていないようです。あるサイトに面白い記述があったので、少し長くなりますが引用させていただきます。
『「甲良町史」の概説に 甲良は古くは「かはら(河原)」と読んだ…で始まる一文があるように河原は甲良に繋がるのではないかとも考えている。河原豊後守という名前は知らないが、甲良豊後守は甲良町三偉人の一人で日光東照宮造替工事の大棟梁の甲良宗広のことだ。宗広は江戸初期の人物だが「近江與地誌略」中で甲良氏は京極道誉の子孫と記している。豊後守は公式な物ではなく自称だが、甲良氏の系図を見ても宗広以外には豊後守が出てこない。ならば一族の中に豊後守を称する人物が居て、宗広も使用したのではないだろうか? 男鬼城主河原豊後守は京極氏の血縁となる甲良氏の一人であり、京極家家臣として高取山の城を任されたのかもしれない。』

結局よくわからないまま引き返すことにしましょう。
帰りは、古くからの峠で現在は跡形もない「ハナシノ越」をたどって林道(参道)の途中に出ることにしました。
ハナシノ越は、高取とイワスの分岐の尾根を高取方面に下った最初の峠です。
道は…全くなし、しかも急斜面。コケること数回、ヒルを引っぺがすこと数知れず、ようやく林道の水場付近に出てきました。ここから大鳥居まではすぐです。

最後に、あの石碑の傍に一日中愛用していた杖を突き刺しておきました。
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旧参道を辿ろうと思われる方はうぞお使いください。なかなか具合がいいですよ。

比婆神社 旧参道探索記 〜 おしまい

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まずは地図をご覧ください。緑の線が今回調べた旧参道です。
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では行ってみましょう
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比婆神社の大鳥居をくぐり車道を50mほど行った川側にあるこの小さな石碑。ここが旧参道の入り口です。
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石碑の下が土に埋まって、「右」と「八」しか見えませんが、多分「右参道 八丁」と書かれているのではないかと…そしてその傍に架かるこの橋を渡ります。
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やはりよく踏まれたよい道が残っています。
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ところどころ斜面の崩落で消えてはいるものの、少し先にまた道らしきものが見えるので迷うことはありません。

橋を渡って200mほど進むと、谷沿いから尾根を目指す道になります。
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荒れやすい谷沿いの道がこれだけ残っていれば、これ以降は期待してよいと思います。
ほどなく下の林道出合です。
ここは林道が最初に北向きから南向きにヘアピンを切るところ。
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しばらく植林下の荒れた雰囲気で道がはっきりしませんが、やはりよく踏まれているようでなんとなく道らしく見えます。下りて来ると迷いやすい場所ですね。
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こんないい雰囲気のところもあり
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そして、一段だけですが石段を発見。やはりここが旧参道のようです。
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もうすぐ尾根に乗ります。峠状ですね。
ここを左(西)に曲がれば…
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下の鳥居がありました。
前回もここを通っているはずなのですが、全く記憶がありません。
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まるで初めて見るような感じ。
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これをくぐると、左手に小さな手水鉢。
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そして参道の両側には、ほどよく苔むした石灰岩が続きます。
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さらに石段をたどると、上の林道出合です。林道が二度目に北向きから南向きにヘアピンを切るところ。
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そしてまた石段をたどると
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見えてきました、上の鳥居です。
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前回、上の鳥居から下へと旧参道をたどり途中、川に道が消えていました。で、下部では旧参道はすでに失われていると思っていたわけですが…
しかし、下の林道出合あたりで道を間違ったようです。
お恥ずかしい話ですが、登りより下りのほうが道迷いを起こしやすいという、山登りのセオリーを忘れていました。

と、反省しつつ次回へつづく

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